2013年6月27日木曜日

【講演録】インターネット選挙運動解禁について

(※以下は、2013年5月16日に日本新聞協会メディア開発委員会専門部会で行ないました、講演の記録です。承諾を得ましたので、質疑応答を除いた部分のみ転載します。)

インターネット選挙運動解禁の経緯

公職選挙法は、選挙期間中に限り、①街頭演説や演説会、選挙運動用自動車の利用など「言論による選挙運動」と、②ポスター等の掲示や、はがき、ビラ等の一部頒布といった「文書図画による選挙運動」を許可している。1996年の国会質疑で、当時の自治省が「インターネットは公選法で認められていない文書図画にあたる」と回答した。
 ネット選挙運動解禁の動きは15年以上にわたり見られていたが、改正案はこれまですべて廃案となっていた。しかし安倍首相が2013年夏の参院選の解禁に意欲を示し、4月19日、改正法が可決・成立した。解禁は7月の参院選からだが、6月23日の都議会議員選挙が事実上のネット選挙運動解禁になると見ている。これまでにも、ウェブサイトやTwitterを選挙期間中に更新した人はいたが、起訴はされていない。選挙期間中のネット更新はグレーゾーンだった。都議選では、これから解禁されるのが分かっている状況なので、ネットを使う人もいるだろう。

公職選挙法改正のポイント

公選法改正のポイントは、①ウェブサイト等を利用する方法(メールを除く)による選挙運動用文書の頒布の解禁、②選挙運動となるメールの送信主体を候補者と政党に限定、③政党のみの有料広告の解禁、④インターネット等を利用した選挙期日後のあいさつ行為の解禁、⑤屋内施設の演説会場における映写の解禁、⑥誹(ひ)謗(ぼう)中傷・成り済まし対策――の6点だ。
 選挙運動とは、特定の候補への投票を呼び掛けることなので、②では政策の評価などの評論や落選運動のメールを送ることは有権者も可能だ。「A候補を落選させよう」というメールは送れるが、「Aを落選させるためにBを当選させよう」は送れない。また、候補者からの選挙運動用メールは転送できないが、ネットやソーシャルメディアに転載することはできる。
 ⑥では、これまでなかった誹謗中傷・成り済まし対策が、今回初めて設けられたとして評価できる。具体的には、選挙運動用のウェブサイトへの書き込みやメールに連絡先の表示が義務付けられた。ウェブについては、2ちゃんねるなどネット掲示板の書き込み一つ一つにも連絡先を入れる必要があるが、罰則はない。メールの表示義務を怠った場合は、禁錮1年以下または罰金30万円以下の刑罰が科され、禁錮の場合は公民権停止もある。また、現行の公選法の虚偽表示罪が、ネット上の成り済ましにも適用された。違反した場合は禁錮2年以下または罰金30万円以下の刑罰が科され、公民権停止となる。他には、プロバイダ責任制限法の特例が設けられた。候補者等から名誉侵害の申し出があった場合、プロバイダーが内容を削除しても民事上の賠償責任を負わない期間が、「7日」から「2日」に短縮された。連絡先の表示義務を果たしていない情報は、直ちに削除できる。海外のプロバイダーには適用されないなど十分であるとは言えないが、対策が一歩進んだとして評価できる。

メディアへの影響

ネット選挙解禁がメディアに与える影響の一つ目は、ソーシャルメディアを通じた選挙に関する情報の増加だ。リツイートで情報が拡散されたり、後援会以外のルートで演説に人を動員できたりする。12年の米大統領選では、オバマ候補が独自のソーシャルメディア「Dashboard」を構築した。そこでは、候補者の予定や、支援者が有権者にかけた電話の回数など、選挙運動の全容が見られる。こうした手法は徐々に日本にも入ってくるだろう。
 二つ目は、情報の多角的な分析が可能となる。新聞社などが行う世論調査とは別に、人々の生の声・会話から選挙情勢を分析し、候補者がマーケティング活動に応用できる。HootSuite社によるツイッター分析サイトでは、候補者のフォロワー数の推移、話題となっているツイート内容が分かる。他にも、選挙中で一番反応が良かった候補者の発言や、肯定的・否定的な反応が多い発言について、分析できる。候補者の発言が正確であるかを調べ、情報の修訂正を図る「FactCheck.org」というサイトも登場した。
 三つ目は、マスメディアとソーシャルメディアの協働が進む。全選挙区に記者が張り付くのは難しい。現場にいる一般の人が流す様々な情報の中から、マスメディアが信頼できる情報を選び、拡散するキュレーションの役割を果たすようになる。協働の一例が4月15日に発生した「ボストンマラソン爆破事件」だ。ボストン・グローブやワシントン・ポストのアカウントがキュレーションの役割を果たした。こうした動きは、これから広がってくるだろう。
 四つ目は、動画の活用だ。動画を使えば、禁止されている「第三者による公開討論会」同様のものが可能だ。ビデオ通話ツール「Google+ハングアウト」を使えば、遠隔地の人とも一つの場所に集まって議論しているような映像が作れる。また、時間帯を気にせず選挙運動ができるため、候補者を議論の場に引き出しやすい。既存候補者との主張の違いを際立たせたい新人候補者らにとっては、動画は魅力的なツールだろう。政見放送も、YouTubeなどネットで流すことは禁止されているが、候補者自身が撮影した動画であれば、放送事業者に素材を渡す前でも後でも、自身のウェブサイトに張り付けることができる。屋内の演説会場における映写も解禁され、選挙期間中に選挙区に戻れない候補者が、演説会で動画を流し有権者にアプローチすることもできるだろう。

ネット選挙で考えられる違反

今後あり得る違反は、未成年によるネット選挙運動、告示日前の事前運動、人気投票の実施などがある。また、選挙運動用のメールは、メールアドレスを「送信者」に対し通知した者に送ることが要求されている。配信プラットフォームを使った場合、アドレスを「送信者」に通知したことにはならない。
その他ネット選挙運動への報酬の支払いや、メールやソーシャルメディア運用の完全外注も違反となる。ウェブサイトの文章やツイートの内容は「候補者本人が文章を自分で作り、それを機械的に業者が文章を入力している」という形でなければ、選挙運動の企画立案を業者が行ったと見なされ、選挙運動員の買収に問われる可能性がある。選挙コンサルタントやプランナーは頭を抱えている。

有料ネット広告の解禁

有料インターネット広告が解禁され、政党等は選挙運動用ウェブサイトにリンクする広告を掲載できるようになった。しかし、解禁されたのは「政治活動用」広告で、自分の党に投票を呼び掛ける「選挙運動用」広告は掲載できない。例えば、「子育てにやさしいA党」という表現は可能だが、「子育てにやさしいA党に投票を」という広告は掲載できない。ただし、広告のリンク先ウェブサイトが「~に投票を」という表現を用いていても、問題はない。また、ガイドラインには「広告にその支部長の氏名や写真を表示することのみをもって直ちに選挙運動性を有するとは断定できない」とあり、政党の支部長の氏名等は掲載できるので無所属候補とは差がある。次の選挙に向け、見直しの議論はなされるだろう。
 政党等の広告で一番使われるようになるのは、ユーザーの属性によって見え方が異なるターゲット広告だろう。住む地域によって違うバナー広告が表示される「エリアターゲット広告」のほか、「行動ターゲット広告」などがある。検索履歴やメールなどからユーザーの興味・関心を抽出し、「子育て」や「年金」などキーワードに政党名を絡めたような広告が掲載される。その他、一度クリックした政党広告が所定の広告欄に何度も表示される「リターゲット広告」、「デモグラフィック広告」など、より有権者に届く広告掲載が可能になる。
 新聞広告は、今までと変わらない。QRコードを掲載した広告も、これまで通り掲載できる。一つ注意すべきは、あいさつ行為全般は新聞・インターネット共に禁止されているが、期日後のあいさつ行為に関しては、インターネットのみが認められ、新聞は許されていない。


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